ダメなことと、凄いこと

2019.01.11 Friday 01:04
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     年頭にあたり、謹んで新年のお慶びを申し上げます。また旧年中は格別のご高配を賜り、衷心より厚くお礼申し上げます。本年も何卒倍旧のご厚誼を頂きますようお願い申し上げます。

     

     平成最後の年末年始を、皆様はどのように過ごされたでしょうか。昨年末、私はテレビドラマを観ては、涙を流していました。『下町ロケット』や『大恋愛』など、話題のドラマが多く、その一つに高橋一生さん主演の『僕らは奇跡でできている』というドラマがありました。この主人公、大学で動物行動学を教えているが、大好きな事には没頭する反面、面倒なことは後回しにしたり、時間を守ることが苦手で、その言動で周囲を惑わせてしまうのです。しかし、その一方で常識や固定観念にとらわれない彼に接することで、周囲の人は自分たちの価値観を考え直す事になります。この、常識や固定観念にとらわれないということを、2500年前にお説きくださったのが、お釈迦様なのです。

     

      ドラマでは、歯科医師の女性に、「先生のすごいところを100個言えます」といって、100個挙げて行くのですが、途中「時間を守ります」「こんにちはと言ってくれます」など、“誰でもできること”も凄いことの一つとして挙げるのです。「それって、誰でもできることですよね?」と、問いかけられた時、彼は「誰でもできることは、できても凄くないんですか?」と答えます。

     

     私達は、とかく当たり前のように考えてしまいがちです。でも、それは自分が“たまたまできている”からであって、できない人からすれば、凄いことであるし、今はできていても、最初はできなかったはずです。ドラマの中でも語られますが、私達が人間として、この世に存在していることからして、奇跡的なことであるし、できないことがあっても、それは決してダメな訳ではない。いま、できることが、いつかできなくなってしまうことだってあります。それは、ダメなことではないのです。 本当にダメなのは、“自分はダメな人間”と思って、努力することや続けることを諦めてしまうことです。確かに、みんなができることは、自分もできるに越したことはないのですが、「できなければダメ」と考えることは間違っています。

     

     子どもができないからといって無理矢理させようとするのは、親として周りから「ダメな親」と見られることが嫌なだけなのかも知れません。常識や固定観念を無くすことによって、今まで気づかなかった事に気づけるでしょう。
     

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    いのち輝く未来社会

    2018.12.08 Saturday 08:05
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       先日、2025年に開催される万国博覧会が、1970年以来55年ぶりに大阪で開催されることが決定しました。

       

       昭和45年の万博のテーマは、「人類の進歩と調和」でした。当時、未来の社会で実現されるであろうものが数多く出品されていました。その多くは、いま当たり前のように普及しています。たとえば、動く歩道、ワイヤレスホン、テレビ電話、缶コーヒー、ヨーグルト、ファミレス、モノレール、電気自転車、電気自動車など。また、当時町中で外国人を見ることが少なかったため、たまに外国人を見かけると、「あ、外人!」と、珍しがったものです。いまや、観光地や大阪の繁華街、大型電気店には、多くの外国人観光客でいっぱいになるほどです。

       

       科学技術の進歩は目を見張るものがありますが、果たしてこの時のテーマ、「人類の進歩と調和」は実現されているでしょうか。技術は進歩したものの、我々人類は進歩どころか、昔と何も変わっていないように思えます。

       

       町中の壁やシャッターには、描いた人は意図があるのだろうが、何を書いたのかわからないような落書きを見かけます。お寺の壁や柱にいたずらをする者もいます。こういう例は、今に始まったものではありません。世界遺産になっているような遙か昔の物にも落書きがあります。京都の総本山知恩院の山門に登ると、昔の人が書いたであろう落書きが、今も残っています。これを見たときに「昔の人も、今の人とする事は同じなんだな」と思いました。技術の進歩とともに、人間も進歩しなければならないのに、愚かなままです。

       

       平安時代に、世は末法に入ったと言われます。お釈迦様が入滅されたあと、正法の時代、像法の時代、末法の時代と分けられます。覚る者がいた正法の時代や、修行する者がいた像法の時代とは違い、末法の時代は覚る者も、修行する者もいない時代と言われます。釈尊が入滅されたあと、時代が下ればそれだけ覚りを開くには悪い環境になっていく。しかし、たとえどんなに時代が変わろうと、人間が愚かになっていこうと、変わらずにあるのは、お浄土であり、お念仏です。               

       

       阿弥陀様は、無量光仏や無量寿仏と言います。光は遮るものがなければ、何処でも、何処までも行き渡ります。ですから、行き渡らない所はない無量の光の仏様。また、寿は命。限りない命ですから、いつの時代も永遠に私達を救ってくださる無量の寿を持った仏様。つまり、空間的には何処でも、時間的にはいつでもお救いくださる、そんな有り難い仏様なのです。

       

       次の万国博覧会はのテーマは、「いのち輝く未来社会のデザイン」だそうです。どんな未来社会になるのか楽しみではありますが、どんな社会になろうと、阿弥陀様の救いを信じ、家族みんなでお念仏を称える社会こそ、真の「いのち輝く未来社会」だと思います。     
       

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      初めて見たつるは、極めて大事なり

      2018.11.11 Sunday 17:44
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         先日、ノーベル賞が発表され、本庶佑氏が、生理学・医学賞では日本人5人目の受賞となりました。人間の持つ免疫機能を利用して癌を治療するというもので、現在では「オプジーボ」とという薬も開発されている。その本庶氏が記者会見で、科学者を目指す小中学生に向けて「一番重要なのは、不思議だな、という心を大切にすること。教科書に書いてあることを信じない。常に疑いを持って、本当はどうなんだろうという心を大切にする」とおっしゃった。つまり、新しい発見というのは、疑うところから始まるのである。

         

         仏教では、三毒煩悩というものがある。これは貪欲・瞋恚・愚痴の三つであるが、この中愚痴というのは「愚か」ということであります。この「痴」の旧字体は「癡」と書くが、これは疑うに病垂ですから、意味は「疑い心が病気になっている。疑わない」ということであります。つまり、疑わないことは愚かであるということであり、逆に疑う事が智慧となるのであります。

         

         免疫療法というと、民間療法にもよくあり、「オプジーボ」を開発した小野薬品でも、社内でも「キノコを食べたら癌が治る」といったものと同じような評価を受けていたという。専門病院の先生からも、「こんな薬が効くと思っているド素人の会社に腹が立つ」とも言われたという。

         

         日曜日の夜に放送しているドラマ『下町ロケット』で、主人公がアインシュタインの言葉を引用し、「挫折を経験した事がない者は、何も新しい事に挑戦したことが無いということだ」と話していました。

         

         法然上人は、師匠である叡空上人と、念仏について問答をしたことがある。これは、念仏には心に仏や極楽を思い浮べる『観想の念仏』と、口に「南無阿弥陀仏」と称える『称名念仏』とがあるが、どちらが勝れているかという問答であります。そこで、叡空上人は、『観想の念仏』が勝れていると主張し、自分の主張が正しいことを、師匠である良忍上人のことを引き合いに出して「先師良忍もかく仰せられしが」と言われた。しかしこれに対し法然上人は「学問は、初めて見たつるは極めて大事なり。師の説の伝習は易きなり」といって、称名念仏が勝れていることを主張されたのである。本庶先生は、教科書に書いてあることが嘘であると仰っているのではなく、自分の力で努力もせず、ただの受け売りで先輩諸氏方の説を引用したりするのでは何もならない。本当の研究は、その先にあると仰っているのであります。

         

          法然上人が、自分の研究した結果これこそ間違いないと思われて、師匠である叡空上人に臆することなく、自説を主張されたことに真実の教えを求める法然上人の姿勢が伺え、疑いようもないその言葉を信じて、私たちはお念仏に精進いたしましょう。
         

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        地震、雷、火事、おやじ

        2018.10.10 Wednesday 21:19
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           今年は、大阪北部の地震、西日本豪雨災害、台風21号の被害などの災害が続きました。特に、台風21号では、今までに経験したことのないほどの強い風に、初めて恐怖を覚えた方も多いのではないでしょうか。

           

           昔から、恐いものの代表として「地震・雷・火事・おやじ」と言われました。地震は、本当に突然起こり、逃げる間もなく襲われます。予測できない分、人命に関わることが多くなります。雷も、突然落ちて命を落とすこともありますし、火事になったりします。その火事も、今では消防設備も整い、昔ほどは被害が大きくならないにしても、それでも一度火事になると、全てを焼き尽くしてしまいます。さて、問題は「おやじ」です。一家の大黒柱である父親の存在は、本当に恐い存在でありました。しかし、昔ほど父親の威厳も無くなり、今ではさほど恐い存在とは言えない家庭も多くなっているのではないでしょうか。

           

            実は、この「おやじ」というのは、本来は父親の事を指しているのでは無かったのです。元は「おやじ」ではなく、「おおやまじ」と言い、漢字では「大山嵐」と書き、「山から吹く、大風」つまり「台風」のことを指したのです。 21号の時は、「たぶん大丈夫だろう」と高をくくって、あまり対策を取らずに被害を受けた方も多かったでしょう。今回、再び台風24号が近づき、前回の教訓を生かして、様々な対策がなされました。スーパーに買い物に行くと、カップラーメンやパン、飲み物などの棚が空になっていました。


           私達は、なぜか「自分は大丈夫」というように楽観的にみる節があります。おそらくそれは、いつも対岸の火事で、自分には影響ないと思いたいからでしょう。台風の進路予測、勢力の強さ、風速などは前もってわかっていたのにも関わらず、その対策を怠ってしまうのが私達です。

           

            私達は、この世に誕生した瞬間、必ず、一人も例外なく、100%「死」を迎えるのであります。台風は、いつ頃やってくるかわかっているから、その時の為に余裕をもって対策ができます。しかし、私達の死は、いつやってくるかわからない。地震もいつ来るかわからないが、私達が生きている間には来ないかも知れません。しかし「死」の縁は、必ず訪れるのです。

           

            この命も終りを迎え、閻魔の庁に到ったときに、閻魔王に、「仏法が広まる世に、人としてせっかく生まれて来たのに、なぜ何の修行もしなかったのだ」と問われた時、何と答えるのですかと、法然上人の言葉にもあるように、私達にはこの迷いの世を離れ、極楽の世界へ生まれる為の、有り難いお念仏があるのです。阿弥陀仏が誓われたご本願にすがり、今すぐ、今日からお念仏の生活を始めましょう。

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          パワハラはなぜ起きる?

          2018.09.05 Wednesday 19:13
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             今年の夏は、本当に毎日暑く、記録的な猛暑が続きました。部屋の中でエアコンを付けずにいるお年寄りが、熱中症で亡くなるという悲しい出来事もありました。病院のエアコンが故障していて、熱中症で亡くなられた患者さんもおられたとニュースで知りました。 そんな毎日報道されるニュースの中で、最近特に多いのが「ハラスメント」に関するもので、その中でも「パワハラ」についての問題が連日報道されております。日大アメフト部の行き過ぎたプレイに始まり、今回話題となっている体操選手の問題。

             

             そもそもパワハラとは、「社会的な地位の強い者(政治家、会社社長、役員、大学教授、スポーツの指導者など)が、自らの権力や立場を利用した嫌がらせ」のことであります。なぜ、このようなパワハラが起こるのでしょうか。仏教的に言うと、これは三毒煩悩、すなわち「貪欲・瞋恚・愚痴」のなせるわざです。

             

             人は誰しも自分が一番大切で一番可愛い。自分が良い気分や楽しければ、他人がどう感じようと、どうなろうと構わないと思うのです。このパワハラの厄介な所は、自分ではパワハラしたとは思っていないところです。自覚がないのです。 立場が上の者は、その自分の立場を守りたい。そのために、自分の言いなりになる者を自分の下に置こうとします。どうしても権力や地位や名誉やお金に執着するあまり、貪欲(貪り)の心が働いてしがみつこうとします。

             

             また、自分の意見や考えが通らなかったり、思い通りに事が運ばないと、たとえ自分にも責任があっても、直接それに携わった者に対して怒り、瞋恚の心が起こってパワハラに至るのです。子どもが、自分の気に入らないことがあったら誰かをいじめるのと、どこか共通する所があります。そういう意味では、人間は大人になっても基本的なものは変わりません。

             

             そして、自分が昔同じような事をされたであろうに、それを忘れて同じような事をしたり、純粋な気持ちで取り組んでいた初心を忘れて、今の状況にしがみついている。目先の自分の利益ばかりに目が行き、本来しなければならないことを見失ってしまう。これが愚痴の心です。貪欲も瞋恚も愚痴の心から起きます。

             

             自分が今の地位にいるのは誰のお陰か。勿論自分の力もあるのでしょうが、自分は何の為にその地位にいるのか。本人は嫌がらせをするつもりはなく、良かれと思ってしていたことでも、本当にそうなのか、これが正しいのかを、相手の立場に立って、一歩引いたところから見直す必要がある。自分は愚かな人間であることを見つめ直していただきたい。

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            必ずやってくるその時

            2018.08.12 Sunday 01:32
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               今年の夏は、今まで以上に暑く、連日37度を超える気温に、熱中症で倒れる方も多くいらっしゃったようです。いつも梅雨が明けたら鳴く蝉も、暑すぎて蝉の鳴き声が聞こえてきませんでした。そんな中、先日西日本を中心に、豪雨災害が起こりました。雨が一気に降り、川が増水し、堤防が決壊し、みるみるうちに、水が家の2階にまで達する程の量でした。今回の被害で、死者行方不明者は231人で、その5割が屋内で被災されたと報告されています。今回特にひどかったのが、倉敷真備地区です。

               

               阪神淡路大震災以来、災害の意識が高まり、現在全国に、災害時の被害予測地図、即ちハザードマップが作成され、これを利用することによって災害発生時には、迅速・的確に避難することができるようになっています。

               

               倉敷真備地区のハザードマップを見ると、今回水に浸かってしまった所と、ほぼ同じ場所が水没すると予測されていました。もし、この事を重要視し、前もって避難できておれば、少なくとも死傷者の数は減っていたことでしょう。“大雨が降れば、確実にこうなる”と予測されていたにもかかわらず、こういう結果になったのはなぜでしょう。別に避難しなかったことを批判しているのではありません。ただ、誰もがこのことを批判することはできないのです。

               

               確実にこうなるとわかっていても、そうできないのが、私達愚かな人間です。ちょうど今の時期、夏休みで、子ども達は夏休みの宿題をしなければなりません。子どもの頃、休みが終るギリギリになって慌てて宿題を終らせた経験は、誰しもあると思います。確実に期限があり、やらなければならないことがわかっているのに、後回しにしてしまって、あとで後悔します。

               

               私達はこの世に生まれた以上、確実に死を迎えます。これはお釈迦様の悟られた“縁起”です。私達が死ぬのは、この世に生まれたから。ですから、“生”と“死”は、単独ではありえません。それなのに、私達は“いつまでも元気で生きていたい”と“生”ばかりを肯定し、“病気になりたくない。年とりたくない。死にたくない”と、“死”を嫌ったり否定して見ないようにしているのです。

               

               法然上人は、この世でお念仏を称えたなら、必ず極楽へ生まれさせてもらえるとおっしゃいます。いずれは確実にやってくる死を考えず、今、生に執着して好き勝手するのではなく、私達は、しっかり将来を見据えて、どっしりとした揺るがぬ自分の信仰に従って、お念仏致しましょう。
               

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              半端ない、阿弥陀様の救い

              2018.07.21 Saturday 08:10
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                 ロシアで、サッカーワールドカップが開催され、日本も決勝トーナメントに残りました。その中でも、特に今回話題となったのが、
                大迫選手です。日本のサポーター席で、「大迫、半端ないって!」と書かれた旗を持って応援する様子がテレビなどで映されました。

                 

                 これは、日本代表の大迫選手が鹿児島城西高校の選手として、全国大会に出場しプレーした際、相手の滝川第二高校の主将、中西隆裕選手が試合後、ロッカールームで悔し涙を流しながら、「大迫、半端ないって!後ろ向きのボールめっちゃトラップするもん。あんなんできひんやん、普通!!」と、大迫選手を絶賛していた時の発言が、注目を浴びたものです。普通、なかなか他の人にはできないことも、いとも簡単にやってのけてしまうと、周りの者は「半端ない!」となる。

                 

                 今回のワールドカップでは、いろんな要因によって、大会前の日本代表の下馬評は最悪の一言であり、前大会以上に惨めな結果に終わる雰囲気が蔓延していました。その下馬評を、最初の試合で吹き飛ばしてくれたのが、大迫選手だったのです。結果、コロンビアに2−1で勝利しました。

                 

                 法然上人が世にでられ、浄土宗を開宗された時代というのは、世に末法の時代と言われた最悪の時代です。仏教では、お釈迦様が入滅されて以後、正法の時代(=悟りを開く者がいる時代)、像法の時代(=悟りを開く者は居ないが、修行する者と仏の教えがある時代)、末法の時代(=悟りを開く者も、修行する者もない時代)に分けられるが、末法の時代は仏教が機能せず、世の中が混乱するとされていました。そんな時代の民衆は、自分たちが救われる道はないと実感し、絶望の淵に立たされていたのである。しかし、そこに現れたのが、浄土宗の宗祖、法然上人なのです。

                 

                 法然上人は、それまでの仏教の考え方を大きく変え、末法の世にいる罪悪生死の凡夫、愚かな私たちが救われる道、それは念仏しかないと力説され、浄土宗を開かれたのであります。お寺や塔を建てたり、仏像を造ったり、多額の寄進をしたり、難しい修行や難しい学問をすることなく、お念仏を称えるだけで救われるということを、説いてくださったのであります。

                 

                 「法然上人、半端ないって!」

                 

                 阿弥陀様の救いは、私たちに「それがどんな悪人であってもめっちゃ救うもん。あんなんできひんやん、普通!!」と、いかなる悪人であっても、必ず救われるというのですから、「阿弥陀様、半端ないって!」。 今までの常識を覆した阿弥陀様の救いを私達にお示し下さった法然上人のみ教えを信じて、私たちはお念仏をお唱えしましょう。
                 

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                他人の過ちと自分の過ち

                2018.06.03 Sunday 08:40
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                   先日、関東の大学と関西の大学の間で行われたアメリカンフットボールの試合にて、大変大きな問題となるプレーがありました。  この問題のプレーは、5月6日に行われた日大と関学大との定期戦で起きました。日大の守備選手が、プレーが終了したにもかかわらず、関学大のQBの背後からタックルするなど、悪質な反則行為が3度あり、退場処分となったのもであります。この時の反則行為は、言うまでも無く問題ではありますが、それよりも大問題となっているのは、その後の日大側の態度であります。

                   

                    そんな中、反則行為を行った選手が、自ら顔出しの上、謝罪会見をされたのです。覚悟と言っても良いでしょう。彼の潔さ、話す内容や話し方などを見ると、真実を語っていると、誰もが感じたことでしょう。それに対し、翌日行われた監督コーチの会見は、真実を語ろうとしない、自分たちの保身の為の会見のように映りました。

                   

                    確かに彼の行った行為は許されるものではありません。しかし、今は、怪我をさせられた相手の関学大側でさえ、加害者の事を擁護する発言をされております。彼にすれば監督やコーチに言われたことを、そのまま実行したにすぎないわけですが、彼は会見の中で「今、監督らに伝えたいことはあるか?」という記者の質問に、彼は「いくら監督、コーチからの指示があったとはいえ、ぼくがやってしまったことは変わらないと思うので、それを反省しています。なので、監督、コーチに対してぼくがどうこういうことではないのかなと思います」また、「少し考えれば自分のやったことは間違っていると前もって判断できたと思う。もっと意志を強く持つことが…」と語りました。

                   

                   お釈迦様は、「他人の過ちやしたこと、しなかったことなど、見る必要はない。自分を観るべきだ。なにをしているか、なにをしていないのか」と仰います。
                   

                  「あの人は間違っている」「その人はおかしい」と私達は他人の欠点や過ちばかり見ようとします。自分を直そうとせず、いつも他人を直そうとします。これは、他人の過失を指摘することで、「自分は正しい」と思いたいからなのです。加害選手が、「追い詰められていた、やらない選択肢はなかった」と語りながら、監督やコーチに対して責めたり、自分の責任逃れをすることなく、やってしまった自分の過ちについて猛省されていた彼の姿は、まさにお釈迦様の言葉通りで、彼の処罰も情状酌量されるでしょうし、彼も一歩ずつ前進することができることでしょう。

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                  揺るぎない信念

                  2018.05.12 Saturday 16:31
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                     いよいよ暖かくなり、真夏のような日もある季節になりました。

                     プロ野球も始まり、アメリカメジャーリーグでも、日本人選手が活躍しております。中でも、アメリカの野球ファンの心を鷲づかみにしたのが、元日本ハムファイターズの大谷翔平選手です。

                     

                     開幕戦で、いきなり初打席初球初安打。初登板初勝利。3試合連続本塁打など、最高のスタートを切りました。

                     

                     大谷選手と言えば、“二刀流”で有名ですが、当初日本でも、賛否両論でした。“日本プロ野球をなめるな”という辛口コメントをした評論家もいました。しかし、その評論家もその後の活躍を見て翻意。二刀流を続けることを勧めています。

                     

                      大谷選手は、高校時代に目標シートというのを作成しています。シートの真ん中に、高い目標を書き、それを達成するための要素や、その要素を達成するための、具体的な項目を書いていくというものです。自分の夢を叶えるために何が必要かが明確になり、あとはそれを実行していくだけ。

                     

                      彼が素晴らしいのは、漠然と夢を掲げるのではなく、実際にそれに向かって努力を重ねているということです。自分の計画通り課題に向き合い、チャレンジしてきたからこそ、揺るぎない自信となっているのでしょう。昔から、練習は嘘をつかないと言いますが、彼の自信ある姿がまた、ファン達をワクワクさせるのでしょう。

                     

                      法然上人は、極楽往生には三心具足は重要と仰います。三心の中の深心。この深心には二つあり、信機と信法といいます。信機とは、機を信じる。自分は罪悪生死の凡夫である愚かな存在であり、自分の力では救われないと信じること。信法とは、そんな愚かな私達が、阿弥陀仏の本願にすがり、お念仏によって救われるということを信じることです。

                     

                      法然上人は、師である善導大師の「一心専念弥陀名号 行住坐臥 不問時節 久近念々 不捨者是名 正定之業 順彼仏願故」の言葉に遇い、凡夫である私達が救われるのは、この教えしかないという揺るぎない確固たる信心を獲得されたのであります。

                     

                      私達は凡夫であるから、自分で決めたことすら継続していくことは難しい。それは、自身の信心も同じで、すぐに揺らいでしまいます。大谷選手の目標シートのように、極楽浄土に往生するという目標を掲げ、そのために必要なお念仏や信心という要素、その要素を達成するために、自身は罪悪生死の凡夫であり、阿弥陀仏にすがるしかないという信機信法の心で、お念仏をお唱え致ししましょう。
                     

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                    おリンは鳴らしてはいけない?

                    2018.04.06 Friday 20:45
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                       今年は、氷点下になるような、本当に寒い毎日が続きましたが、一気に暖かくなってまいりました。桜も例年より早く満開を迎え、いよいよ新年度が始まりました。

                       

                       この春、受験に合格したり就職が決って、その事をご先祖様に報告いたします。お線香をあげ、そして「チーン。チーン」と、おリンを鳴らし合掌します。これは、どのご家庭でもよく見られる光景です。

                       

                       さて、最近テレビ等で「実はこれ、間違いです」のような番組がよく放送されています。先日も、「この差ってなんですか?」という番組で、「お墓参りや仏壇でのしきたりの差」を解説しておりました。その中で、お墓や仏壇では、“毒のあるお花やトゲのあるお花は供えてはいけない”とか、“仏壇の前で、おリンを鳴らしてはいけない”とか、“お線香はロウソクの火でつける”などと紹介されておりました。ところが、しきたりやお作法を教えるプロの方が、他の番組で「お線香は、ロウソクの火からつけるのは、もらい火と言って良くない」と紹介されておりました。こうなると、一般の方々は、何が正解なのか迷ってしまいます。

                       

                        そもそも、作法とかしきたりとかを決めているのは、私達人間です。仏様や神様が決めたものではありません。これらは、人間側から見たときに、失礼なのかどうか。良いのか悪いのかということを、人間側が決めただけのことなのです。ですから、お線香の付け方に違いができてしまうのです。要は、捉え方の問題です。亡くなった方が、毒やトゲのあるお花が好きな方であれば、お供えして頂いても良いのです。但し、お仏壇の中心には阿弥陀様がお祀りしてあるので、どうしてもお供えしたいときは、別の場所に写真などを飾り、その前にお供えすればよいのです。

                       お箸を持つ時も、正しい持ち方などと紹介されますが、なぜそれが正しいと言えるのか。正しいという基準はどこにあるのか。おそらく、見た目が綺麗であることで、正しいとされるのではないでしょうか。おリンの事も、“本来お経を読むときに鳴らすものであるから、無闇矢鱈に鳴らしてはいけない”ということなのですが、決して鳴らしてはいけないのではなく、お経を読まないのであれば、“別に鳴らさなくてよい”ということなのです。

                       

                        確かに、失礼に当たるから、これはしてはいけないということもあるかも知れませんが、仏事では、「〜してはいけない」ではなく、「〜したほうが良い」「〜しない方が良い」と考えて頂ければと思います。しきたりやお作法も大事ですが、その前に、最も大切な事は、何よりお念仏をお唱えすることなのです。私達は凡夫なのですから、すぐ忘れたり間違ったり致します。お作法を間違ったり、正しくなかったり、綺麗でなくても、お念仏だけは、しっかりとお唱えして頂ければと思います。
                       

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