ユニバーサルマナーと仏教

2019.04.13 Saturday 23:51
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     いよいよ新元号が発表になります。年度も改まり、それぞれ新しい生活が始まります。

     先月号でご紹介しました、日本ユニバーサルマナー協会理事の岸田ひろ実さん。現在、車いす生活をされていますが、10年ほど前に大動脈解離という病気に襲われ、9割の確率で命をとすと言われたものの、長時間のオペを乗り切り幸いにも一命を取りとめられました。しかし麻酔から覚めた時、まったく足が動かなくなってしまい、胸から下が麻痺をしてしまったのです。そして、彼女には子どもが二人おられますが、長男は知的障害を持って生まれ、育児に困難を強いられる中、最愛の夫が心筋梗塞で亡くなられました。その3年後のご自身の病気だったのです。

     

     長男出産の時、周りの先生や看護師からの「おめでとう」「よく頑張ったね」の声はなく、ただ沈黙が続いたと言います。そのあとようやく障害のことを知らされたのです。そして、周りからの励ましや慰めの言葉は、かえって彼女を苦しめます。その時優しく包んでくれたのが夫だったのですが、その夫も急逝し、そのあとの車いす生活。以前は、「障害のある子どもを持つかわいそうなお母さん」という眼で見られ、今度は、「車いすでかわいそうだな。大変そうだな」と思われている。実際、歩くことはもちろん、当時は寝返りを打つことも、ベッドから起き上がることもできない。生きていくために当たり前のことが、一人では当たり前にできない状況でありました。

     

     周りに気を遣いながら生きることに疲れた彼女は、娘さんに思わず「もう死にたい」と言ったときです。「死にたいなら死んでもいいよ」と静かに告げたのです。「きっと死んだほうが楽なくらい、ママが苦労してしんどいの知ってるから、死んでもいいよ。でも私にとってママはママだから。歩いてても歩いてなくてもママはママで、変わらず私を支えてくれてるから、私にとったら何にも変わらない。だから大丈夫。」 と。この言葉で彼女は気が楽になり、考え方も変わったのです。「歩けなくてもできること、車椅子の私しかできないことは何だ?何かないかな?」そんなことを思い始めて、今の活動につながっているのです。

     

     「相手が望んでいることをするのが、正しいおもてなし」と彼女は言います。選択肢を与えるために「どうしたらいいですか?何かお手伝いしましょうか?」とお声がけをすることが大切です。先入観を捨て、「こうだろう」と勝手に決めつけないようにすることが、ユニバーサルマナーであり、仏教と通ずる所でもあります。『四摂事』即ち、見返りを求めず、優しい言葉や他者に利益を与え、相手と同じ気持ちになって寄り添う。これが、仏教徒としての社会実践なのです。
     

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    ユニバーサルマナーとは?

    2019.03.10 Sunday 16:06
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       皆さんは、ユニバーサルマナーという言葉をご存じでしょうか?先日ネットニュースで、お笑い芸人の小籔千豊氏が、車いすの女性へ行った対応がツイッターで拡散され、話題を呼びました。車いすの女性がタクシーに乗ろうとしていた時、小薮氏が遠くから駆け寄り、「何していいかわからんから教えて下さい」とユーモアを交え、女性に声掛けをしたのだそうです。その女性はツイッターで「まさにユニバーサルマナーを体現してくださった小籔千豊さん、本当に本当にありがとうございました」と感謝をつづっておられます。
       

       女性はこれまでも、多くの人から「大丈夫ですか?」と声をかけられることはあったものの、反射的に「大丈夫です」と答えてしまっていたと振り返り「小籔さんは『教えてください!』ってニコニコ笑ってくださって、つい甘えてサポートをお願いしやすいお声掛けに、泣きそうになりました。タクシーに乗りこむまでそっと見守ってくれました」と、小籔氏の絶妙な声掛けに、思わずサポートを依頼してしまったことに感謝しておられたのです。

       

       実はこの女性、自分とは違う誰かの視点に立ち、高齢者や障がい者へ向き合う『ユニバーサルマナー』という考え方を、全国各地で伝えている岸田ひろ実さんです。彼女は現在、株式会社ミライロ 講師・日本ユニバーサルマナー協会理事として、高齢者や障害者への向き合い方や障害のある子どもの子育てについて等、年間180回以上の講演を実施し、国内外問わず活躍しておられます。

       

       彼女は、2016年にミャンマーに行かれた。歩道は石畳で、所々で破損しており、車道はコンクリートですが、ぬかるみや水たまりがあり、車も大渋滞。もちろん、点字ブロックやスロープなどもなく、ビルもエレベーターがついていない。しかし、空港でもタクシー乗り場でも、バス停でもレストランでも、段差や坂道があって困っていたら、どこからともなく人が駆け寄ってきて、車いすを持ち上げてくれたのです。しかも、「ありがとう」というと、皆びっくりした顔をするのだそうです。ミャンマーは敬虔な仏教徒の多い国です。タイなどで托鉢をすると、信者さんから布施を受けても、僧侶は「ありがとう」とは言いません。お礼を言うと、布施ではなくなるからです。ミャンマーでは、輪廻転生という概念が強く、人助けをするのは自分のためで当たり前という考えなのでしょう。

       

       石畳や車道、段差や坂道など「ハード」の面ではバリアがあるが、温かい「ハート」がそのバリアを無くしている。「大丈夫ですか?」と聞くのは、そこには「大丈夫じゃなければ私が助けますよ」という上からの気持ちが入る。「教えて下さい」という気持ちが、相手の視点に立ったユニバーサルマナーと言えるし、仏教の考え方に共通するものなのです。
       

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      同じ目線で相手の気持ちに

      2019.02.11 Monday 09:50
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         今年は何かと「平成最後の…」という言葉が盛んに言われます。先日、1月16日に皇居・宮殿「松の間」で、平成最後となる新春恒例の「歌会始の儀」が行われました。天皇陛下は、今年4月末に退位されるので、これが最後の出席となるようです。今回のお題は「光」でした。その「歌会始の儀」で、陛下は「贈られし ひまはりの種は生え揃ひ 葉を広げゆく 初夏の光に」と詠まれました。この歌を聞いたとき、「これが国の象徴である、天皇陛下という人なんだなぁ」と思いました。

         

         2005年、阪神大震災から10年となった追悼式典でのこと。被災者遺族を代表して懇談されたのが小西さん。あの日自宅で眠っていた長女の希ちゃんが亡くなった。その時の様子を陛下にお話したとき、「おつらかったですね」と声をかけられた。その時、一緒に居た次女の理菜さんがヒマワリの種を差し出した。

         

         この種は、同じく震災で亡くなった加藤はるかちゃんの自宅に咲いていたヒマワリを、地域の住民らが各地でその種を捲く活動を始め、それを理菜ちゃんが意を決して皇后陛下に手渡したものなのです。しかも、両陛下はそれを庭に捲き、花から種を取って、毎年育てられたというのです。

         

         そのあと宮内庁の侍従から自宅に電話があり、ヒマワリが咲いていることを理菜ちゃんに伝えるよう両陛下が望まれたことを伝えたのですが、数多く接した被災者の一人に、このような気配りと心遣いをされるということは、なかなかできることではありません。被災地や病院、いろんな施設を訪問される両陛下ですが、いつも感心させられるのは、つねに同じ目線で相手の立場に立って接しておられるということです。苦しんでおられる人々に寄り添い、同じ気持ちになっておられるからこそ、できることなのでしょう。

         

         退位を控え、最後の出席となるであろう歌会始めで、被災者に心を寄せるような歌を詠まれた。しかも、14年も経っているのに。よく言われるのは、災害が起こると、その時は注目が集まるけれど、時間が経てば、だんだん薄れていく。でも両陛下は、たった一人の少女からもらった種を大事にし、それを通して震災被害に遇われた方々に対し、今なお心を痛めておられる。

         

         阿弥陀如来様は、凡夫である愚かな私達を救う為に、五劫思惟ののち仏となられました。悩み苦しんでいる私達を、なんとか救いたい。その一心で全ての人が救われる道をお示しくださった。私たちの事を常に考え、寄り添い、手を差し伸べてくださる。私達は阿弥陀様のほうへ手を伸ばすだけでいい。そう考えるだけで、安心して生きていけます。

         

         地震によって、残念ながら少女は亡くなったけれど、その少女が残した花の種は全国で捲かれ、それぞれ大きな花を咲かせている。復興の象徴としてのヒマワリの花が、今年も咲いて初夏の光を浴びていることでしょう。
         

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        ダメなことと、凄いこと

        2019.01.11 Friday 01:04
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           年頭にあたり、謹んで新年のお慶びを申し上げます。また旧年中は格別のご高配を賜り、衷心より厚くお礼申し上げます。本年も何卒倍旧のご厚誼を頂きますようお願い申し上げます。

           

           平成最後の年末年始を、皆様はどのように過ごされたでしょうか。昨年末、私はテレビドラマを観ては、涙を流していました。『下町ロケット』や『大恋愛』など、話題のドラマが多く、その一つに高橋一生さん主演の『僕らは奇跡でできている』というドラマがありました。この主人公、大学で動物行動学を教えているが、大好きな事には没頭する反面、面倒なことは後回しにしたり、時間を守ることが苦手で、その言動で周囲を惑わせてしまうのです。しかし、その一方で常識や固定観念にとらわれない彼に接することで、周囲の人は自分たちの価値観を考え直す事になります。この、常識や固定観念にとらわれないということを、2500年前にお説きくださったのが、お釈迦様なのです。

           

            ドラマでは、歯科医師の女性に、「先生のすごいところを100個言えます」といって、100個挙げて行くのですが、途中「時間を守ります」「こんにちはと言ってくれます」など、“誰でもできること”も凄いことの一つとして挙げるのです。「それって、誰でもできることですよね?」と、問いかけられた時、彼は「誰でもできることは、できても凄くないんですか?」と答えます。

           

           私達は、とかく当たり前のように考えてしまいがちです。でも、それは自分が“たまたまできている”からであって、できない人からすれば、凄いことであるし、今はできていても、最初はできなかったはずです。ドラマの中でも語られますが、私達が人間として、この世に存在していることからして、奇跡的なことであるし、できないことがあっても、それは決してダメな訳ではない。いま、できることが、いつかできなくなってしまうことだってあります。それは、ダメなことではないのです。 本当にダメなのは、“自分はダメな人間”と思って、努力することや続けることを諦めてしまうことです。確かに、みんなができることは、自分もできるに越したことはないのですが、「できなければダメ」と考えることは間違っています。

           

           子どもができないからといって無理矢理させようとするのは、親として周りから「ダメな親」と見られることが嫌なだけなのかも知れません。常識や固定観念を無くすことによって、今まで気づかなかった事に気づけるでしょう。
           

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          いのち輝く未来社会

          2018.12.08 Saturday 08:05
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             先日、2025年に開催される万国博覧会が、1970年以来55年ぶりに大阪で開催されることが決定しました。

             

             昭和45年の万博のテーマは、「人類の進歩と調和」でした。当時、未来の社会で実現されるであろうものが数多く出品されていました。その多くは、いま当たり前のように普及しています。たとえば、動く歩道、ワイヤレスホン、テレビ電話、缶コーヒー、ヨーグルト、ファミレス、モノレール、電気自転車、電気自動車など。また、当時町中で外国人を見ることが少なかったため、たまに外国人を見かけると、「あ、外人!」と、珍しがったものです。いまや、観光地や大阪の繁華街、大型電気店には、多くの外国人観光客でいっぱいになるほどです。

             

             科学技術の進歩は目を見張るものがありますが、果たしてこの時のテーマ、「人類の進歩と調和」は実現されているでしょうか。技術は進歩したものの、我々人類は進歩どころか、昔と何も変わっていないように思えます。

             

             町中の壁やシャッターには、描いた人は意図があるのだろうが、何を書いたのかわからないような落書きを見かけます。お寺の壁や柱にいたずらをする者もいます。こういう例は、今に始まったものではありません。世界遺産になっているような遙か昔の物にも落書きがあります。京都の総本山知恩院の山門に登ると、昔の人が書いたであろう落書きが、今も残っています。これを見たときに「昔の人も、今の人とする事は同じなんだな」と思いました。技術の進歩とともに、人間も進歩しなければならないのに、愚かなままです。

             

             平安時代に、世は末法に入ったと言われます。お釈迦様が入滅されたあと、正法の時代、像法の時代、末法の時代と分けられます。覚る者がいた正法の時代や、修行する者がいた像法の時代とは違い、末法の時代は覚る者も、修行する者もいない時代と言われます。釈尊が入滅されたあと、時代が下ればそれだけ覚りを開くには悪い環境になっていく。しかし、たとえどんなに時代が変わろうと、人間が愚かになっていこうと、変わらずにあるのは、お浄土であり、お念仏です。               

             

             阿弥陀様は、無量光仏や無量寿仏と言います。光は遮るものがなければ、何処でも、何処までも行き渡ります。ですから、行き渡らない所はない無量の光の仏様。また、寿は命。限りない命ですから、いつの時代も永遠に私達を救ってくださる無量の寿を持った仏様。つまり、空間的には何処でも、時間的にはいつでもお救いくださる、そんな有り難い仏様なのです。

             

             次の万国博覧会はのテーマは、「いのち輝く未来社会のデザイン」だそうです。どんな未来社会になるのか楽しみではありますが、どんな社会になろうと、阿弥陀様の救いを信じ、家族みんなでお念仏を称える社会こそ、真の「いのち輝く未来社会」だと思います。     
             

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            初めて見たつるは、極めて大事なり

            2018.11.11 Sunday 17:44
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               先日、ノーベル賞が発表され、本庶佑氏が、生理学・医学賞では日本人5人目の受賞となりました。人間の持つ免疫機能を利用して癌を治療するというもので、現在では「オプジーボ」とという薬も開発されている。その本庶氏が記者会見で、科学者を目指す小中学生に向けて「一番重要なのは、不思議だな、という心を大切にすること。教科書に書いてあることを信じない。常に疑いを持って、本当はどうなんだろうという心を大切にする」とおっしゃった。つまり、新しい発見というのは、疑うところから始まるのである。

               

               仏教では、三毒煩悩というものがある。これは貪欲・瞋恚・愚痴の三つであるが、この中愚痴というのは「愚か」ということであります。この「痴」の旧字体は「癡」と書くが、これは疑うに病垂ですから、意味は「疑い心が病気になっている。疑わない」ということであります。つまり、疑わないことは愚かであるということであり、逆に疑う事が智慧となるのであります。

               

               免疫療法というと、民間療法にもよくあり、「オプジーボ」を開発した小野薬品でも、社内でも「キノコを食べたら癌が治る」といったものと同じような評価を受けていたという。専門病院の先生からも、「こんな薬が効くと思っているド素人の会社に腹が立つ」とも言われたという。

               

               日曜日の夜に放送しているドラマ『下町ロケット』で、主人公がアインシュタインの言葉を引用し、「挫折を経験した事がない者は、何も新しい事に挑戦したことが無いということだ」と話していました。

               

               法然上人は、師匠である叡空上人と、念仏について問答をしたことがある。これは、念仏には心に仏や極楽を思い浮べる『観想の念仏』と、口に「南無阿弥陀仏」と称える『称名念仏』とがあるが、どちらが勝れているかという問答であります。そこで、叡空上人は、『観想の念仏』が勝れていると主張し、自分の主張が正しいことを、師匠である良忍上人のことを引き合いに出して「先師良忍もかく仰せられしが」と言われた。しかしこれに対し法然上人は「学問は、初めて見たつるは極めて大事なり。師の説の伝習は易きなり」といって、称名念仏が勝れていることを主張されたのである。本庶先生は、教科書に書いてあることが嘘であると仰っているのではなく、自分の力で努力もせず、ただの受け売りで先輩諸氏方の説を引用したりするのでは何もならない。本当の研究は、その先にあると仰っているのであります。

               

                法然上人が、自分の研究した結果これこそ間違いないと思われて、師匠である叡空上人に臆することなく、自説を主張されたことに真実の教えを求める法然上人の姿勢が伺え、疑いようもないその言葉を信じて、私たちはお念仏に精進いたしましょう。
               

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              地震、雷、火事、おやじ

              2018.10.10 Wednesday 21:19
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                 今年は、大阪北部の地震、西日本豪雨災害、台風21号の被害などの災害が続きました。特に、台風21号では、今までに経験したことのないほどの強い風に、初めて恐怖を覚えた方も多いのではないでしょうか。

                 

                 昔から、恐いものの代表として「地震・雷・火事・おやじ」と言われました。地震は、本当に突然起こり、逃げる間もなく襲われます。予測できない分、人命に関わることが多くなります。雷も、突然落ちて命を落とすこともありますし、火事になったりします。その火事も、今では消防設備も整い、昔ほどは被害が大きくならないにしても、それでも一度火事になると、全てを焼き尽くしてしまいます。さて、問題は「おやじ」です。一家の大黒柱である父親の存在は、本当に恐い存在でありました。しかし、昔ほど父親の威厳も無くなり、今ではさほど恐い存在とは言えない家庭も多くなっているのではないでしょうか。

                 

                  実は、この「おやじ」というのは、本来は父親の事を指しているのでは無かったのです。元は「おやじ」ではなく、「おおやまじ」と言い、漢字では「大山嵐」と書き、「山から吹く、大風」つまり「台風」のことを指したのです。 21号の時は、「たぶん大丈夫だろう」と高をくくって、あまり対策を取らずに被害を受けた方も多かったでしょう。今回、再び台風24号が近づき、前回の教訓を生かして、様々な対策がなされました。スーパーに買い物に行くと、カップラーメンやパン、飲み物などの棚が空になっていました。


                 私達は、なぜか「自分は大丈夫」というように楽観的にみる節があります。おそらくそれは、いつも対岸の火事で、自分には影響ないと思いたいからでしょう。台風の進路予測、勢力の強さ、風速などは前もってわかっていたのにも関わらず、その対策を怠ってしまうのが私達です。

                 

                  私達は、この世に誕生した瞬間、必ず、一人も例外なく、100%「死」を迎えるのであります。台風は、いつ頃やってくるかわかっているから、その時の為に余裕をもって対策ができます。しかし、私達の死は、いつやってくるかわからない。地震もいつ来るかわからないが、私達が生きている間には来ないかも知れません。しかし「死」の縁は、必ず訪れるのです。

                 

                  この命も終りを迎え、閻魔の庁に到ったときに、閻魔王に、「仏法が広まる世に、人としてせっかく生まれて来たのに、なぜ何の修行もしなかったのだ」と問われた時、何と答えるのですかと、法然上人の言葉にもあるように、私達にはこの迷いの世を離れ、極楽の世界へ生まれる為の、有り難いお念仏があるのです。阿弥陀仏が誓われたご本願にすがり、今すぐ、今日からお念仏の生活を始めましょう。

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                パワハラはなぜ起きる?

                2018.09.05 Wednesday 19:13
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                   今年の夏は、本当に毎日暑く、記録的な猛暑が続きました。部屋の中でエアコンを付けずにいるお年寄りが、熱中症で亡くなるという悲しい出来事もありました。病院のエアコンが故障していて、熱中症で亡くなられた患者さんもおられたとニュースで知りました。 そんな毎日報道されるニュースの中で、最近特に多いのが「ハラスメント」に関するもので、その中でも「パワハラ」についての問題が連日報道されております。日大アメフト部の行き過ぎたプレイに始まり、今回話題となっている体操選手の問題。

                   

                   そもそもパワハラとは、「社会的な地位の強い者(政治家、会社社長、役員、大学教授、スポーツの指導者など)が、自らの権力や立場を利用した嫌がらせ」のことであります。なぜ、このようなパワハラが起こるのでしょうか。仏教的に言うと、これは三毒煩悩、すなわち「貪欲・瞋恚・愚痴」のなせるわざです。

                   

                   人は誰しも自分が一番大切で一番可愛い。自分が良い気分や楽しければ、他人がどう感じようと、どうなろうと構わないと思うのです。このパワハラの厄介な所は、自分ではパワハラしたとは思っていないところです。自覚がないのです。 立場が上の者は、その自分の立場を守りたい。そのために、自分の言いなりになる者を自分の下に置こうとします。どうしても権力や地位や名誉やお金に執着するあまり、貪欲(貪り)の心が働いてしがみつこうとします。

                   

                   また、自分の意見や考えが通らなかったり、思い通りに事が運ばないと、たとえ自分にも責任があっても、直接それに携わった者に対して怒り、瞋恚の心が起こってパワハラに至るのです。子どもが、自分の気に入らないことがあったら誰かをいじめるのと、どこか共通する所があります。そういう意味では、人間は大人になっても基本的なものは変わりません。

                   

                   そして、自分が昔同じような事をされたであろうに、それを忘れて同じような事をしたり、純粋な気持ちで取り組んでいた初心を忘れて、今の状況にしがみついている。目先の自分の利益ばかりに目が行き、本来しなければならないことを見失ってしまう。これが愚痴の心です。貪欲も瞋恚も愚痴の心から起きます。

                   

                   自分が今の地位にいるのは誰のお陰か。勿論自分の力もあるのでしょうが、自分は何の為にその地位にいるのか。本人は嫌がらせをするつもりはなく、良かれと思ってしていたことでも、本当にそうなのか、これが正しいのかを、相手の立場に立って、一歩引いたところから見直す必要がある。自分は愚かな人間であることを見つめ直していただきたい。

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                  必ずやってくるその時

                  2018.08.12 Sunday 01:32
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                     今年の夏は、今まで以上に暑く、連日37度を超える気温に、熱中症で倒れる方も多くいらっしゃったようです。いつも梅雨が明けたら鳴く蝉も、暑すぎて蝉の鳴き声が聞こえてきませんでした。そんな中、先日西日本を中心に、豪雨災害が起こりました。雨が一気に降り、川が増水し、堤防が決壊し、みるみるうちに、水が家の2階にまで達する程の量でした。今回の被害で、死者行方不明者は231人で、その5割が屋内で被災されたと報告されています。今回特にひどかったのが、倉敷真備地区です。

                     

                     阪神淡路大震災以来、災害の意識が高まり、現在全国に、災害時の被害予測地図、即ちハザードマップが作成され、これを利用することによって災害発生時には、迅速・的確に避難することができるようになっています。

                     

                     倉敷真備地区のハザードマップを見ると、今回水に浸かってしまった所と、ほぼ同じ場所が水没すると予測されていました。もし、この事を重要視し、前もって避難できておれば、少なくとも死傷者の数は減っていたことでしょう。“大雨が降れば、確実にこうなる”と予測されていたにもかかわらず、こういう結果になったのはなぜでしょう。別に避難しなかったことを批判しているのではありません。ただ、誰もがこのことを批判することはできないのです。

                     

                     確実にこうなるとわかっていても、そうできないのが、私達愚かな人間です。ちょうど今の時期、夏休みで、子ども達は夏休みの宿題をしなければなりません。子どもの頃、休みが終るギリギリになって慌てて宿題を終らせた経験は、誰しもあると思います。確実に期限があり、やらなければならないことがわかっているのに、後回しにしてしまって、あとで後悔します。

                     

                     私達はこの世に生まれた以上、確実に死を迎えます。これはお釈迦様の悟られた“縁起”です。私達が死ぬのは、この世に生まれたから。ですから、“生”と“死”は、単独ではありえません。それなのに、私達は“いつまでも元気で生きていたい”と“生”ばかりを肯定し、“病気になりたくない。年とりたくない。死にたくない”と、“死”を嫌ったり否定して見ないようにしているのです。

                     

                     法然上人は、この世でお念仏を称えたなら、必ず極楽へ生まれさせてもらえるとおっしゃいます。いずれは確実にやってくる死を考えず、今、生に執着して好き勝手するのではなく、私達は、しっかり将来を見据えて、どっしりとした揺るがぬ自分の信仰に従って、お念仏致しましょう。
                     

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                    半端ない、阿弥陀様の救い

                    2018.07.21 Saturday 08:10
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                       ロシアで、サッカーワールドカップが開催され、日本も決勝トーナメントに残りました。その中でも、特に今回話題となったのが、
                      大迫選手です。日本のサポーター席で、「大迫、半端ないって!」と書かれた旗を持って応援する様子がテレビなどで映されました。

                       

                       これは、日本代表の大迫選手が鹿児島城西高校の選手として、全国大会に出場しプレーした際、相手の滝川第二高校の主将、中西隆裕選手が試合後、ロッカールームで悔し涙を流しながら、「大迫、半端ないって!後ろ向きのボールめっちゃトラップするもん。あんなんできひんやん、普通!!」と、大迫選手を絶賛していた時の発言が、注目を浴びたものです。普通、なかなか他の人にはできないことも、いとも簡単にやってのけてしまうと、周りの者は「半端ない!」となる。

                       

                       今回のワールドカップでは、いろんな要因によって、大会前の日本代表の下馬評は最悪の一言であり、前大会以上に惨めな結果に終わる雰囲気が蔓延していました。その下馬評を、最初の試合で吹き飛ばしてくれたのが、大迫選手だったのです。結果、コロンビアに2−1で勝利しました。

                       

                       法然上人が世にでられ、浄土宗を開宗された時代というのは、世に末法の時代と言われた最悪の時代です。仏教では、お釈迦様が入滅されて以後、正法の時代(=悟りを開く者がいる時代)、像法の時代(=悟りを開く者は居ないが、修行する者と仏の教えがある時代)、末法の時代(=悟りを開く者も、修行する者もない時代)に分けられるが、末法の時代は仏教が機能せず、世の中が混乱するとされていました。そんな時代の民衆は、自分たちが救われる道はないと実感し、絶望の淵に立たされていたのである。しかし、そこに現れたのが、浄土宗の宗祖、法然上人なのです。

                       

                       法然上人は、それまでの仏教の考え方を大きく変え、末法の世にいる罪悪生死の凡夫、愚かな私たちが救われる道、それは念仏しかないと力説され、浄土宗を開かれたのであります。お寺や塔を建てたり、仏像を造ったり、多額の寄進をしたり、難しい修行や難しい学問をすることなく、お念仏を称えるだけで救われるということを、説いてくださったのであります。

                       

                       「法然上人、半端ないって!」

                       

                       阿弥陀様の救いは、私たちに「それがどんな悪人であってもめっちゃ救うもん。あんなんできひんやん、普通!!」と、いかなる悪人であっても、必ず救われるというのですから、「阿弥陀様、半端ないって!」。 今までの常識を覆した阿弥陀様の救いを私達にお示し下さった法然上人のみ教えを信じて、私たちはお念仏をお唱えしましょう。
                       

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